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「チームと歩んだ道をいつまでも心に」 栄枯盛衰の旅路 Diamondprox氏

「チームと歩んだ道をいつまでも心に」 栄枯盛衰の旅路 Diamondprox氏

始めに

Moscow Five(以下M5)やGambit Gaming(以下GMB)の選手として一時期は世界最高のJunglerと呼ばれていたDanil “Diamondprox” Reshetnikov選手だが、ここ数年チームが低迷していた。
最強の名前を欲しいがままにしたかつての仲間は全員チームを離れてしまい、残されたDiamondprox選手は再編成されたチームで最後まで努力を続けた。

最終的に彼はチームを脱退し、これからはUnicorns of Loveのjunglerとして活躍する予定だ。

全盛期の少し後の話であるが、チームの様子を第三者が語った記事がGame 4 Broke様に投稿されていたので興味のある方はこちらを見ていただきたい。
Game 4 Broke – LoLの情報ブログ: 元Gambit GamingのSupport、Darker選手のFacebook投稿訳

先日彼は、現状と選手としての過去を書いた文章をFacebookに投稿した。

本記事ではその翻訳文を紹介する。

本文

やぁ、みんな久しぶり。
今日は僕の選手としての過去と現在のことをみんなに伝えようと思う。

まずは現在のことから。

今年の9月7日のことだ。GMBがLCSの出場権を取り戻した後、僕は奇妙な境遇に置かれてしまった。
その頃の僕はかなり調子がよくて、これから参加する予定だった大会でひと暴れする準備はできていた。

だけど、GMBにはサンノゼで開かれる予定だったIEMに参加するだけの資金がなかったんだ(しかも、僕とEdwardはVisaの期限切れがせまっていた)。
大会にものすごく飢えていたんだけど、今後4ヶ月間出れる大会が一つもない状況になってしまった。

そこで、周りの状況を一度よく確認してみることにした。
Cabochardが他チームのオファーを探そうとしていることを知ったから、新しいTop Lanerを探さなければいけなかったし、GMBは次のシーズンのスポンサーになってくれそうな団体と交渉中だった。

僕は夏のLCSの後も多くの試合をしたいって考えていたんだけど、正直……LCS後のチームの空気は最悪で、希望なんて全くなかった。

だから、チームがこの後イベントに一つも出ないだろうってことを考慮しLoLから暫く離れて実家で休暇を取ることにしたんだ。
GMBを離れるというわけではなかったんだけど、暫くLoLを練習しないことをGMBは許可してくれた。
多くの時間を妻や家族と過ごせたし、LoLの外側の世界を満喫できた。素晴らしかったよ。

11月10日まで早送りしよう。この頃はさっき話したスポンサーの話が流れ込んできた。
GMBとの交渉が決裂しそうになっているという話だ。

もし、GMBがこのスポンサーを逃したらスポット(恐らくGMBのLoL部門のこと)を売りに出してしまう。
この状況には本当に困った。
何故なら僕は2ヶ月間全くLoLやってなかったし、交渉決裂したら僕はどのチームのトライアウトにも僕の有用性を示せないだろう。トライアウトに参加できるかどうかですら怪しい。
休暇をとったおかげでアカウントのランクがすごい下がってしまったからね(笑)

ここから、選手としてのキャリアの中で初めて新しいチームを探すことになった。
その過程でたくさんの人と会話したり、オファーの違いを見るのは本当に楽しかった。

GMBの外側でチームがどう働いているのかたくさんのことを学んだよ。僕に興味を持ってくれた全ての団体にお礼を言いたい。
こんなにも多くの人からオファーがくるとは思わなかったよ。おかげで自信がついたし、賢い判断ができるようになった。

今後、僕が参加するチームのことについても書く予定だ。
契約し終えた後に許可がもらえたらすぐにね。だけど今回はGMBについて話したい。

gambit
ここからはGMBで過ごしてきた日々を話そう。

本当に大変な4年間だった。チームが通ってきた道のことを考えるだけで鳥肌が立つよ!
最初に出場した大会は賞金100ドルのオンライントーナメントで、朝の5時までかかったよ……。

初めての飛行機での渡航を経験し(ああ、パイロットになりたいなぁ)、僕と同じようにLoLを楽しんでいた4人のメンバーと会った。
ウクライナのIEMで初めてステージの上でプレイし、初めてCISを出て、初めてファンからサインを求められた(あの時はすごく変に思ったよ。全然知らない人なのに何でこの人は僕の署名を欲しがるんだろうって)。
12年のDream Hack、あの頃は試合に負ける方が難しいくらいだったね。

もう全ての大会がまるでクリスマスのように思えて、試合前なんて「お祭りの準備でもするかぁ!」って感じだった。
その後、チームに大きな問題が起こり、夢のような時間は戻ってこなくなった。

ここから苦難の道が始まった。

次のIPL5の大会は最も困難な大会だったよ。
チームの多大な努力が功を奏しなんとか4位になった。

その後、チームのオーナーが逮捕されてしまって、カトーワイスでは初めて他の団体に僕たちの存在をアピールしてスポンサーになってもらおうとした。
その大会ではたったの一勝だけで、どうにかグループステージを抜け出して、その後は勝ち続けた。

ドイツのLCSスタジオに通うために一週間に2度も旅行して(とても楽しかったよ。そのうち面倒くさくなったけど)その都合でケルンの町をよく訪れた。
ケルンの周りにはライン川が流れていて、沿岸の上に僕たちのホテルがあったんだ。
最高に綺麗だった。その頃にはファンや友達と会話して英語を覚えた。

2013年の世界大会が近づいて、練習試合でCW相手に1-15という大敗を喫した。
だけど、大会で試合をしていく中で僕らは成長していって、遂には準決勝を抜け出すことに成功した。

ケルンのIEM 2014にはEUとNAの最強チームがいたけど、大会をぶっ壊してやって次の春のLCSにも準備万端だった。
だけど、その後はチームがバラバラになり、残った灰からもう一度チームを作り直さなければいけなかった。

その時のケルンでのIEMはなんとか優勝したけどね……当時に表沙汰になったことの中で唯一良かったことだよ。

山があり谷があり、成功と失敗があり、夢のような勝利と悪夢のような敗北があった。
それら全てがどのような終わり方であったとしても僕にとっては大冒険の連続だった。

でも、何一つとして後悔はないよ。
何故なら、今まで起きた失敗の全てはどれも致命的なことじゃないからだ。
僕らはまだ生きている。

失敗からたくさんのことを学んだし、成功からは数えきれないほどの楽しさを得ることができた。
このチーム無しでは僕を語れない。

将来、何をしたいか分からない頃にこのチームに加わってM5は僕をプロプレーヤーにしてくれた。
そして、今までゲームをプレイして遂に気づいたんだ。不可能だと思っている世の中のほとんどのことは可能だと。

そして、僕は僕の好きな企業で働くべきだと。それはゲーム業界だと。
今後、僕は僕が好きなことを続けて限界まで挑戦していこうと思う。
だけど、今はこのポストの中で最も大事な部分に触れよう。

僕を今までサポートしてくれたM5とGMBに感謝を!

Edward、君は僕を最初のメンバーに選んでくれたね。
全てのチームメイトと今まで与えられた支援、僕と共に働いた人、長年応援してくれたり最後まで批判してくれた真のファンのみんな、ありがとう。
さらにGenja、Darien、Edward、Alex、君たちはそれぞれ個性的な魅力のある奴らだったし、一時期でも世界最強のチームになれたことを本当にうれしく思うよ。
最後にGroove。君が約束を守ってくれたこと、そしてチームのために遮二無二働いてくれて最後の最後まで僕たちを信じきってくれたことにこの上ない感謝を。

僕はこのチームのことを永遠に忘れない。

原文・画像引用元

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ARAM勢。LoLのRedditを漁っては翻訳しています。国語力が低いため文章に多々おかしなところがございますのでご注意ください。
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